Mihata
AI活用2026.09.03

AI開発の契約 注意点|発注側が揉める3点と危ない兆候

AI開発を外部に発注する直前で「この契約書、何を見ればいいのか」と手が止まる担当者は多いはずです。従来のシステム開発と同じ感覚で読むと、いちばん危ない条項を素通りしてしまいます。

結論:AI開発の契約で揉めるのは金額ではなく3点

AI開発の契約でいちばん揉めるのは、金額ではありません。成果物の定義(精度は保証されるのか)提供データと学習済みモデルの権利追加学習・再学習の扱い——この3点です。見積もりの総額は交渉のテーブルに載りやすい一方、この3点は契約書の中で静かに決まり、揉めたときには手遅れになりやすいからです。

この3点が揉めどころになる理由は、AIソフトウェアが従来型のソフトウェアと技術的性質から違うためです。経済産業省の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」は、両者の違いを整理したうえで、AIソフトウェアは「未知の入力データに対する性能保証が技術的に困難」であり、「内容・性能等は学習用データセットに左右される」と説明しています(同ガイドラインの概要資料・2021年1月/経済産業省 情報経済課)。つまり「発注時点では完成物を確定できない」ことが前提の取引なのです。

したがって発注側がやるべきことは、ベンダーに精度を約束させることではなく、「どこまでできたら次に進むのか」「そこで生まれたものを誰がどう使えるのか」を段階ごとに書き分けることです。以下、その具体的な見方を条項別に整理します。なお本記事は一般的な情報の整理であり、個別案件の法的判断については必ず弁護士にご確認ください。

請負と準委任の違い──AI開発が準委任になりやすい理由

まず契約類型です。日本の民法では、開発の委託は大きく請負と準委任に分かれます。両者の違いは「完成」を約束するかどうかにあります。

  • 請負:仕事の完成を目的とする契約。受注者は完成義務を負い、成果物が契約の内容に適合しない場合には契約不適合責任を負う。
  • 準委任:事務の処理を委託する契約。受注者は善管注意義務(善良な管理者の注意をもって事務を処理する義務)を負うが、完成そのものは約束しない。

なぜAI開発は準委任が採られやすいのか

前述のとおり、AIソフトウェアは「契約初期は開発対象の確定が困難」「未知の入力データに対する性能保証が技術的に困難」という性質を持つと整理されています。完成物の水準を契約時に確定できない以上、完成義務を負う請負を初期段階から結ぶと、ベンダー側は達成できないかもしれない約束を背負うことになります。そのためAI開発では、探索的な段階を準委任で進め、見通しが立った段階で改めて開発契約を結ぶ進め方が実務上とられています。

ただし「準委任なら安心」ではありません。経済産業省が2025年2月に公表した「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」をめぐる解説では、重要なのは請負か準委任かを抽象的に議論することではなく、成果の内容や水準をどの程度求めるのかを明確にすることだと指摘されています。類型のラベルより、「何ができたら合格なのか」を検収基準として書けているかのほうが実質的に効きます。

条項別チェック表──発注側が見るポイントと危ない書き方

実務で契約書を読むときは、以下の7項目を順に潰していくと抜けが出にくくなります。「危ない書き方の例」は法的に無効という意味ではなく、発注側の想定と食い違いやすく、後から揉めやすい書き方という意味です。

条項

発注側が見るポイント

危ない書き方の例

成果物の定義と検収基準

納品物が「学習済みモデル」なのか「レポート」なのか「業務システム一式」なのかを列挙。検収の合格条件を、誰が・どのデータで・どう測るかまで書けているか

「本件AIシステム一式」とだけ書き、検収は「甲が確認し合格と認めたとき」で終わっている(合格の判断が主観に委ねられ、双方が別の絵を描いたまま進む)

知的財産権(生成物・学習済みモデル・派生モデル)

学習済みモデル、学習用データセット、ソースコード、生成物を分けて帰属と利用条件を定めているか。とくに追加学習で生まれた派生モデル(再利用モデル)の扱いが書いてあるか

「本件成果物に関する知的財産権はすべて乙に帰属する」の一文だけ(何が成果物に含まれるのか不明で、自社データで育てたモデルまで一括りになりうる)

提供データの利用範囲・目的外利用の禁止

提供したデータを使ってよい目的・期間・第三者提供の可否。本件以外のモデル改良や横展開への転用が禁じられているか

「乙は本件データを本件業務その他乙の業務のために利用できる」(「その他乙の業務」で目的外利用が実質フリーになる)

精度・性能の扱い(保証か努力義務か)

精度の数値が「保証」なのか「目標値」なのかが明示され、測定条件(評価用データ・指標・実施者)まで特定されているか

「乙は正答率95%以上を保証する」とだけ書かれ、評価データも指標も未定(未知データでの性能保証は技術的に困難とされる領域で、達成不能な約束は結局どちらも損をする)

再委託

再委託の可否と事前承諾の要否。再委託先にも同じ秘密保持・データ利用制限が課される建付けか。海外拠点・外部APIの利用が含まれるか

「乙は業務の全部または一部を第三者に再委託できる」だけ(データがどこまで流れるか発注側が把握できない)

秘密保持

秘密情報の定義にデータそのものが含まれるか。契約終了後の返還・消去義務と、学習済みモデルに取り込まれた分の扱いをどうするか

秘密保持契約が「書面により秘密と明示したもの」に限定されている(口頭共有やシステム連携で渡したデータが対象外になる)

責任範囲・損害賠償の上限

上限額の水準(委託料の範囲か)、上限が外れる場合(故意・重過失、秘密保持違反、知的財産権侵害など)が定められているか

「乙の責任は一切負わない」または上限が名目的な金額で、データ漏えいや第三者の権利侵害にも同じ上限がかかる

この表のうち発注側が最も見落とすのは、2行目と3行目のセットです。データの利用範囲を絞っていても、そのデータで学習した派生モデルの権利がベンダー単独帰属になっていれば、自社の資産が形を変えて外へ出ます。逆にモデルの権利を取っても、動かすための環境やノウハウが手元になければ使えません。この2つは必ず並べて読んでください。

金額の妥当性を同時に確認したい場合は、AI開発の見積もりの内訳をどう読むかもあわせてご覧ください。契約条項と見積書は、実は同じ「どこまでやるか」を別の言葉で書いたものです。

段階契約の進め方──アセスメント/PoC/開発/追加学習

経済産業省のガイドラインは、従来のウォーターフォール型ではなく、「探索的段階型」の開発方式を提唱しています。試行錯誤を繰り返しながら納得できるモデルを生成するアプローチで、4つの段階に分けて契約を結び直していきます。

段階

目的(ガイドラインの整理)

想定される成果物

締結する契約

①アセスメント

一定量のデータを用いて学習済みモデルの生成可能性を検証する

レポート等

秘密保持契約書 等

②PoC

学習用データセットを用いてユーザが希望する精度の学習済みモデルが生成できるかを検証する

レポート、学習済みモデル(パイロット版)等

導入検証契約書 等

③開発

学習済みモデルを生成する

学習済みモデル等

ソフトウェア開発契約書

④追加学習

ベンダが納品した学習済みモデルについて、追加の学習用データセットを使って学習をする

再利用モデル等

場合による

各段階で決めておくこと

段階を分ける意味は、「まだ分からないこと」を契約書に書かずに済ませる点にあります。逆にいえば、各段階で次に進む条件だけは必ず決めておく必要があります。

  • ①アセスメント:渡すデータの範囲と、秘密保持の範囲。ここで渡したデータをベンダーが他案件に使えないことを先に固める。判定結果がネガティブだった場合に打ち切れることも明記する。
  • ②PoC「何をもって次の開発に進むか」の合格条件。評価に使うデータ、指標、測定の実施者を決める。PoCで作ったパイロット版モデルの権利と、PoC不成立で終わったときの費用精算も先に決める。
  • ③開発:成果物の一覧、検収基準、権利帰属と利用条件、責任の上限。ここで初めて完成物に近い言葉が使えるようになる。
  • ④追加学習:運用開始後に自社データで育てたモデル(派生モデル)の権利と、ベンダー側が他社へ横展開できるかどうか。ここを空白のまま運用に入る例が非常に多い。

実務では、①と②をまとめて短期の準委任で走らせ、③から本格的な開発契約に切り替える形がよく見られます。AI開発会社の選び方を検討している段階なら、この段階分けを提案してくるかどうかがそのまま見極めの材料になります。いきなり一括の請負を提示してくる相手は、AIの不確実性を織り込んでいないか、リスクを発注側に寄せているかのどちらかです。

私たちMihataも独自AI開発のご支援を行っております。契約の話の途中で恐縮ですが、こうした段階の切り方や合格条件の決め方は、実際に手を動かしているところに聞くのが早いと思っています。よろしければ合わせてご覧いただけたら嬉しいです。

危ない兆候──この書き方が出てきたら立ち止まる

契約書を細かく読み込む時間がないときでも、次の4つだけは探してください。いずれも「その場では通るが、後で必ず効いてくる」タイプの兆候です。

1. 精度を数値で言い切っている

「正答率95%を保証します」と提案書や契約書に書かれている場合、まず測定条件を確認してください。未知の入力データに対する性能保証は技術的に困難とされる領域です。条件のない数値保証は、達成できなければ紛争、達成できても検収でもめる火種になります。逆に、評価用データと指標を特定したうえで「この条件下でこの数値を目標とする」と書いてある提案は信頼できます。

2. 学習済みモデルの権利がベンダー単独帰属で、交渉に応じない

ベンダー側にも「自社の研究・開発に関する事業自由度を確保したい」「横展開したい」という正当な事情があり、単独帰属の主張自体が不当なわけではありません。問題は交渉のテーブルにすら載せない場合です。ガイドラインは権利帰属だけでなく利用条件(利用目的・期間・態様・第三者への提供の可否・利益配分)をきめ細かく設定する枠組みを提案しています。帰属で折り合わないなら、利用条件で調整できるはずです。それも拒むなら、自社データが自社の手を離れる契約だと理解して判断してください。

3. PoCを挟まず、いきなり一括請負を提示してくる

「まとめて発注いただいたほうが安く済みます」という提案は、発注側から見ると総額が読めて安心に見えます。しかし成果が不明瞭な段階で完成義務を負わせると、ベンダーはリスク分を見積もりに載せるか、検収を曖昧にして逃げ道を作るかのどちらかになりがちです。結果として、高いのに何が納品されるか分からない契約になります。社内AIツールがうまくいかない典型パターンの多くは、この入口の設計に原因があります。

4. 提供データの利用範囲が無制限になっている

「乙は本件データを本件業務その他乙が必要と認める目的で利用できる」といった書き方は、目的外利用を実質的に許すものです。データは知的財産権の対象とならず法律上のデフォルトルールがない場合が多いため、契約で書いていないことは守られないと考えるのが安全です。利用目的・期間・第三者提供・契約終了後の消去まで、一つずつ書き切ってください。

なお、そもそも外注すべきか自社で作るべきかを迷っている段階であれば、社内でAIを内製するか外注するかの判断軸を先に整理しておくと、契約交渉の力点も定まります。予算感の目安は中小企業の独自AI開発にかかる費用にまとめています。

生成AIを使う場合に増える論点

ChatGPTのような生成AIやその基盤モデルを組み込む開発では、上記に加えて入力データの取り扱い生成物の著作権という2つの論点が乗ってきます。ここは特に解釈が固まりきっていない領域なので、一次資料に書いてあることと、そこから先の判断を分けて扱ってください。

入力データの取り扱い

経済産業省のガイドラインは、AI技術の利用契約においてユーザが入力したデータの扱いを契約で定めるべきとし、とくに営業秘密やノウハウが含まれる場合、ベンダが入力データをユーザへのサービス提供以外の目的で利用することを望む場合を挙げています。また入力データを用いて追加学習を行う場合には、再利用モデルの権利帰属や利用条件についても契約で定めるべきとされています。

著作権の面では、文化庁の文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」(令和6年3月15日)が、生成AIへのプロンプト入力に伴う著作物の複製等について、情報解析にあたるものとして著作権法第30条の4の適用が考えられるとしています。ただし、入力に用いた既存の著作物と類似する生成物を生成させる目的で当該著作物を入力する行為には、享受目的が併存すると考えられるため同条は適用されないと整理されています。

生成物の著作権

生成物に著作権が発生するかは、一律には決まりません。同文書は、生成AIに対する指示が表現に至らないアイデアにとどまるような場合には、当該AI生成物に著作物性は認められないと考えられるとしたうえで、著作物性は個別具体的な事例に応じて判断されるとし、判断要素として次の3つを挙げています。

  • 指示・入力(プロンプト等)の分量・内容:創作的表現といえるものを具体的に示す詳細な指示は、創作的寄与があると評価される可能性を高める。一方、長大な指示であっても、創作的表現に至らないアイデアを示すにとどまる指示は判断に影響しない
  • 生成の試行回数:試行回数が多いこと自体は判断に影響しない。ただし生成物を確認し指示・入力を修正しつつ試行を繰り返す場合には、著作物性が認められることも考えられる
  • 複数の生成物からの選択:単なる選択行為自体は判断に影響しない

実務上の含意はシンプルです。生成AIの出力そのものに著作権があることを前提にした契約条項は、前提から崩れる可能性があるということです。「生成物の著作権は甲に帰属する」と書いても、そもそも著作物性がなければ帰属させる権利が存在しません。したがって、生成物については著作権の帰属だけでなく利用条件(誰がどの範囲で使えるか、第三者に使わせないか)を契約で定めておくほうが実効性があります。

なお、この文書自体が「公表時点における小委員会としての一定の考え方を示すもの」であり、それ自体が法的な拘束力を有するものではない、と冒頭で明示しています。本記事の記述も同様に一般的な整理にすぎません。実際の契約書のレビューや個別の法的判断は、必ず弁護士にご確認ください。

まとめ──契約書で見るのは「金額」より「境界」

AI開発の契約で発注側がやることは、突き詰めると境界を引くことです。どこまでできたら次の段階に進むのか(成果物と検収基準)、生まれたものは誰がどこまで使えるのか(権利帰属と利用条件)、渡したデータはどこで止まるのか(利用範囲と再委託)。この3つの境界が書けていれば、多少の想定外は運用で吸収できます。

逆に境界が曖昧なまま総額だけ合意した契約は、うまくいっているうちは問題になりませんが、精度が伸びなかったとき・担当者が変わったとき・別のベンダーに移りたくなったときに、必ず表面化します。契約書を読む時間は、そのときのための保険だと考えてください。

Mihataでは中小企業向けにAI導入のご相談を承っております。契約書そのもののレビューは弁護士の領分ですが、「この見積もりと条項の組み合わせで何が起きるか」「PoCの合格条件をどう置くか」といった技術寄りの部分であれば、お手伝いできることがあるかもしれません。判断に迷っている段階でも、よろしければお声がけください。

よくある質問

AI開発の契約は請負と準委任のどちらにすべきですか?

AIは契約初期に開発対象の確定が難しく、未知の入力データに対する性能保証も技術的に困難とされるため、探索的な段階は準委任で進め、見通しが立った開発段階で改めて契約を結ぶ進め方が実務でとられています。ただし類型のラベルより、成果の内容や水準をどこまで求めるのかを検収基準として明確にするほうが重要です。最終的な判断は弁護士にご確認ください。

提供したデータで作られた学習済みモデルの権利は誰のものになりますか?

法律上自動的に決まるものではなく、契約の定め方によります。経済産業省のガイドラインは、権利帰属だけでなく利用目的・期間・利用態様・第三者への提供の可否・利益配分といった利用条件をきめ細かく設定する枠組みを提案しています。帰属で折り合わない場合でも、利用条件で調整できる余地があります。

PoCを飛ばして一括で発注してはいけませんか?

禁止されているわけではありませんが、成果が不明瞭な段階で完成義務を負わせると、リスク分が見積もりに乗るか、検収基準が曖昧になりやすくなります。アセスメント・PoCで生成可能性と精度の見通しを確認してから開発契約に移るほうが、双方にとって予測可能性が高くなります。

精度を数値で保証してもらうことはできますか?

測定条件を特定せずに数値だけを保証させるのは避けたほうが安全です。未知の入力データに対する性能保証は技術的に困難とされています。評価に使うデータ・指標・測定の実施者を契約で特定したうえで、目標値として置く形が現実的です。

生成AIの出力に著作権はありますか?

一律には決まりません。文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」では、生成AIへの指示が表現に至らないアイデアにとどまる場合には著作物性は認められないと考えられるとされ、指示の分量・内容、試行回数、複数生成物からの選択といった要素を総合的に考慮して個別に判断されるとしています。契約では著作権の帰属だけでなく利用条件も定めておくと実効性が高まります。

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