Excelの属人化は、担当者が辞めると決まる話ではありません。「異動が決まった」「産休に入る」「外注先との契約が切れる」——そのどれかで突然期限が立ち、そこから見積もりを取りはじめます。そして最初に行き詰まるのが、費用の桁が読めないことです。
外注先に聞けば金額は返ってきます。ただ、その金額が高いのか妥当なのかを判断する基準が手元に無い。この記事は、他社の料金表を並べる代わりに、公的統計から自社の時間単価を出し、解読にかかる工数を掛けて自分で桁を出すところまでを扱います。
結論:費用は「解読工数 × 時間単価」でほぼ決まる
Excelの引き継ぎ外注の見積もりは、画面の数やデザインではなく、既存ファイルを読み解いて仕様を言語化する工数でほぼ決まります。ここが全体の6〜8割を占めるため、同じ「Excel 1冊」でもマクロの有無で金額が3倍変わります。
目安を1つ数字で出すと、中小企業で典型的な「VBAマクロ3本・各200行・他部署も参照しているブック」なら、解読と仕様化で48〜88時間。社内の人件費で換算すると12〜22万円、外注すると29〜79万円のレンジに入ります。計算の内訳はこの記事で追えるようにしてあります。
そして見落とされがちなのが、何もしない場合のコストです。同じ中規模のケースで月20時間の手作業が残っているなら、放置コストは年60万円。引き継ぎを1回やる費用とほぼ同額が、毎年出ていく計算になります。
まず時間単価を出す(公的統計で埋める)
すべての試算の土台が時間単価です。式はこれだけです。
時間単価 = 年間人件費 ÷ 年間所定労働時間
年間所定労働時間:約1,784時間
厚生労働省「毎月勤労統計調査」令和6年分結果速報によると、一般労働者の月間所定内労働時間は148.7時間(事業所規模5人以上)です。12を掛けると年間1,784時間になります。
制度上の数字から出す方法もあります。厚生労働省「令和6年就労条件総合調査」では、1日の所定労働時間が1企業平均で7時間47分、年間休日総数が1企業平均112.1日です。(365 − 112.1)× 7時間47分 = 約1,968時間。こちらは有給取得などを織り込んでいないため、実績よりやや長く出ます。
実務では、保守的に(=時間単価が高めに出る)1,784時間を使うのが無難です。単価が高く出れば、放置コストも引き継ぎコストも過小評価せずに済みます。
法定福利費を乗せる:およそ1.15倍
給与額そのものは会社が払う人件費ではありません。社会保険料の会社負担分(法定福利費)が上に乗ります。令和8年度の料率で積み上げると次のとおりです。
項目 | 事業主負担の料率 | 根拠 |
|---|---|---|
厚生年金保険 | 9.15% | 18.3%を労使折半(日本年金機構) |
健康保険 | 約4.9〜5.1% | 協会けんぽ 都道府県別料率(東京9.85%)の折半 |
雇用保険 | 0.85% | 一般の事業 8.5/1,000(厚生労働省) |
子ども・子育て拠出金ほか | 約0.6% | 全額事業主負担 |
労災保険 | 0.25%〜 | 業種別(全額事業主負担) |
合計 | およそ15% | — |
つまり給与額 × 1.15が会社から出ていく人件費です。賞与が出る会社ならさらに上に乗りますが、ここでは所定内給与だけで計算して、意図的に低めに見積もっています。
企業規模別の時間単価
厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」の一般労働者・所定内給与額(男女計)を、上の式に入れます。この調査では常用労働者1,000人以上を大企業、100〜999人を中企業、10〜99人を小企業と区分しています。
企業規模 | 所定内給与(月額) | 年額 | ÷1,784時間 | 法定福利費込み |
|---|---|---|---|---|
小企業(10〜99人) | 299,300円 | 3,591,600円 | 2,013円 | 約2,300円 |
中企業(100〜999人) | 323,100円 | 3,877,200円 | 2,173円 | 約2,500円 |
大企業(1,000人以上) | 364,500円 | 4,374,000円 | 2,451円 | 約2,800円 |
自社の実額が分かるなら、平均値ではなくそれを入れてください。引き継ぎを担当するのは課長級・ベテラン担当者であることが多く、その場合は実額のほうが2割ほど高く出ます。
外注単価の目安も同じ式で出せる
外注側の単価も、原理は同じです。同じ賃金構造基本統計調査で情報通信業の一般労働者・所定内給与額は月額401,500円。年額を1,784時間で割ると2,700円、法定福利費を乗せて約3,100円です。受託開発の請負単価は、ここに間接費・管理費・利益を乗せた人件費の2〜3倍が一般的な組み立てなので、おおむね6,000〜9,000円/時間。160時間換算で人月96〜144万円となり、よく聞く相場とも整合します。
これはあくまで統計から導いた目安で、どこかの価格表を写したものではありません。見積書を見るときは「この会社は何円/時間で、何時間と見ているのか」に分解できれば、比較の土台に乗ります。
引き継ぎコストと放置コストの試算式
時間単価が出たら、工数を掛けます。使う式は2本です。
引き継ぎコスト =(仕様を言語化する時間 + 後任が解読する時間 + 手戻り・事故の時間)× 時間単価
放置コスト(年)= 月あたりの手作業時間 × 12 × 時間単価 + 担当者不在時の停止リスク
3つめの「手戻り・事故の時間」を落とす見積もりが多いのですが、現場で効いてくるのはここです。引き継いだ直後に数字が合わない、月次の締めが1日遅れる、過去の例外処理を知らずに請求を間違える——こうした手直しが、解読工数の2〜3割として乗ります。
「担当者不在時の停止リスク」は金額にしにくい項目です。実務ではその作業が1日止まったときに困る人の人数 × 待ち時間で下限だけ置き、それ以上は無理に数値化しないほうが議論が進みます。請求書の発行が止まる、給与計算が止まるといった類なら、金額ではなく「止めてはいけないもの」として別枠で扱います。
なぜ解読にそこまで時間がかかるのか、という話はExcelマクロ属人化のリスクとブラックボックス化の構造で扱っています。あわせて、引き継ぎ資料そのものが書けない場合の原因は引き継ぎ資料が作れない原因と属人化の解消手順にまとめました。
規模別3ケース:式に数字を入れる
上の式に実際の数字を入れます。工数の幅は、同種の作業で現場に多いレンジです。金額は必ず幅で読んでください。
小規模:Excel 1冊・マクロなし(小企業/時間単価2,300円)
関数とシート10枚程度で組まれた管理表。VLOOKUPと条件付き書式が入り組んでいるが、マクロは無い。使っているのは1部署。
項目 | 工数 | 内訳 |
|---|---|---|
仕様の言語化 | 8〜16時間 | シート間の参照と入力ルールの書き出し |
後任の解読 | 8〜16時間 | 数式を追い、例外処理を洗い出す |
手戻り・事故 | 4〜8時間 | 引き継ぎ後1〜2か月の手直し |
合計 | 20〜40時間 | — |
社内でやる場合 | — | 20〜40h × 2,300円 = 4.6〜9.2万円 |
外注する場合 | 10〜20時間 | 10〜20h × 6,000〜9,000円 = 6〜18万円 |
放置コスト(年) | 月8時間 | 8h × 12 × 2,300円 = 約22万円/年 |
この規模なら、外注してドキュメントを起こす費用と、社内の人件費がほぼ並びます。社内に時間が取れる人がいるなら、外注する経済合理性は薄いのが正直なところです。外注する価値が出るのは「言語化できる人が社内にいない」ときだけです。
中規模:VBAマクロ3本・各200行(中企業/時間単価2,500円)
月次の集計と帳票出力をマクロで自動化しており、他部署もそのブックを参照している。書いた本人以外は中身を見たことがない。
項目 | 工数 | 内訳 |
|---|---|---|
マクロの解読 | 24〜48時間 | 8〜16時間/本 × 3本 |
仕様の言語化 | 16〜24時間 | 入出力・分岐条件・例外処理の文書化 |
手戻り・事故 | 8〜16時間 | 数字が合わない箇所の突き合わせ |
合計 | 48〜88時間 | — |
社内でやる場合 | — | 48〜88h × 2,500円 = 12〜22万円 |
外注する場合 | 48〜88時間 | 48〜88h × 6,000〜9,000円 = 29〜79万円 |
放置コスト(年) | 月20時間 | 20h × 12 × 2,500円 = 60万円/年 |
ここが分岐点です。引き継ぎに29〜79万円かけても、翌年また同じ問題が起きる——担当者が1人である構造は変わらないからです。放置コストが年60万円なら、同じ予算で仕組みを変えるほうを先に検討する段階に来ています。
大規模:ブック20冊・マクロ10本以上(大企業/時間単価2,800円)
部署ごとのブックがリンクで繋がっており、どこを直すとどこが壊れるかが誰にも分からない。歴代3人以上が触っている。
項目 | 工数 | 内訳 |
|---|---|---|
マクロの解読 | 100〜200時間 | 10〜20時間/本 × 10本以上 |
依存関係の洗い出し | 40〜80時間 | ブック間リンクと手作業の転記経路 |
仕様の言語化 | 40〜60時間 | 部署横断のルール整理と合意 |
手戻り・事故 | 20〜40時間 | 部署間で前提が食い違う箇所の調整 |
合計 | 200〜380時間 | — |
社内でやる場合 | — | 200〜380h × 2,800円 = 56〜106万円 |
外注する場合 | 200〜380時間 | 200〜380h × 6,000〜9,000円 = 120〜342万円 |
放置コスト(年) | 月60時間 | 60h × 12 × 2,800円 = 約202万円/年 |
この規模では、「全部を引き継ぐ」という前提自体を疑ったほうが早いです。20冊のうち本当に止められないものは3〜5冊で、残りは使われていないか、別のブックと重複しています。先に棚卸しをして対象を絞るだけで、工数が半分以下になることは珍しくありません。重複したブックの整理はExcelの二重入力をなくす進め方が近い話です。
私たちはスプレッドシートをそのまま管理アプリに変える仕事もしています。記事の途中で恐縮ですが、作り直す側の選択肢も見ておきたい方は、よろしければ合わせてご覧いただけたら嬉しいです。
「引き継ぐ」か「作り直す」かの判断軸
費用の桁が出たら、次は方針です。引き継ぎと作り直しは、費用の大小ではなく何年もつかで選びます。
判断軸 | 引き継ぐ(ドキュメント化) | 作り直す(アプリ化) |
|---|---|---|
初期費用 | 安い(解読+文書化のみ) | 高い(解読+設計+実装) |
効果が続く期間 | 1〜2年(次の異動で振り出しに戻る) | 継続(担当者に依存しない) |
月あたりの手作業 | 減らない | 減る(自動化できた分だけ) |
向いているケース | 作業が年数回・ロジックが単純・業務自体が廃止予定 | 月10時間以上の手作業・複数人が同時に使う・入力ミスが事故になる |
向かないケース | 担当者が1人という構造を変えたい場合 | 業務ルールが固まっていない・来期に業務ごと見直す予定 |
失敗の仕方 | 資料が更新されず1年で古くなる | 要件が固まらないまま作って使われない |
正直に書くと、作り直しのほうが失敗しやすいです。引き継ぎは「書く」だけなので失敗しても紙が残るだけですが、作り直しは要件が固まっていない状態で着手すると、費用を払って使われない画面が増えます。業務ルールが来期に変わる見込みがあるなら、まず引き継ぎだけして時間を稼ぐ判断も十分合理的です。
なお、作り直す場合に業務パッケージへ移行する選択肢もあります。その費用構造はkintone乗り換えの費用と代替の比較で、ユーザー課金まで含めて整理しています。
見積もりで必ず聞くべき7項目
同じ依頼でも、見積書の金額が3倍違うことがあります。ほとんどは「含まれている範囲」が違うだけです。相見積もりを取るときは、次の7つを同じ質問文で全社に投げてください。
- 仕様の起こし(ヒアリング・既存ロジックの解読)は工数に含まれるか。 ここを別見積もりにしている会社と込みの会社で、提示額は倍近く変わります。
- 既存マクロの挙動はどこまで保証されるか。 「同じ結果になること」を保証するのか、「仕様書どおりに動くこと」なのか。前者は検証工数が別に乗ります。
- 納品後の修正は何回・どの範囲まで無償か。 回数ではなく期間で切る会社もあります。開発中に出た仕様漏れが有償になるかどうかも確認します。
- ソースコードと成果物の所有権はどちらに帰属するか。 自社に帰属しないと、次回別の会社に頼めません。同じ属人化を会社単位で繰り返すことになります。
- 運用引継ぎドキュメントは成果物に含まれるか。 画面の操作手順書ではなく、処理ロジックと例外処理が書かれたものかを確認します。
- 検証データは誰が用意するか。 実データでのテストが必要な場合、データの抽出・マスキングを自社でやるのか先方がやるのかで工数が動きます。
- 保守の月額が発生するか、その範囲は何か。 障害対応だけか、仕様変更も含むのか。含まれないなら、年1回の制度改正のたびに個別見積もりになります。
この7つを揃えて聞くと、安く見えた見積書が実は3項目を外していた、ということが見えてきます。金額だけを並べた比較表は、ほぼ必ず判断を誤ります。
よくある失敗
安い見積もりが「解読を含まない」ものだった
最も多い食い違いです。既存のExcelを渡して「同じものを作ってほしい」と依頼すると、仕様の解読を依頼側がやる前提で見積もられることがあります。結果として、社内で40時間かけて仕様書を書くことになり、総額では高いほうの見積もりと変わらなくなります。
引き継ぎ資料を作って安心し、1年で古くなった
引き継ぎ資料は、作った瞬間から業務とずれていきます。更新する人と頻度を決めずに納品物として受け取ると、翌年には「資料はあるが信用できない」状態になります。資料の寿命を1〜2年と見込んで、その前提で費用を評価するほうが現実的です。
作った本人に解読を頼んで、工数が読めなくなった
退職予定者に仕様書を書かせるのは、一見合理的ですが、うまくいかないことが多いです。本人には自明な前提が書かれず、受け取った側が読めません。実務では、後任が触りながら質問し、本人が答える形にして、質疑のログをそのまま資料にしたほうが残ります。
属人化の原因を人のスキル不足だと考えた
情報処理推進機構「DX動向2026」では、DXを推進する人材の量が「やや不足」「大幅に不足」と答えた企業が合計85.5%で、2023年度・2024年度とほぼ同水準でした。人材が足りない状態は数年変わっていません。人を採って解決する前提で計画を立てると、その数年ぶんの放置コストを払い続けることになります。
まとめ
Excelの属人化を引き継ぐ費用は、他社の料金表を眺めても決まりません。決めるのは自社の時間単価と、既存ファイルの解読工数の2つです。
- 時間単価 = 年間人件費 ÷ 年間所定労働時間(約1,784時間)× 法定福利費1.15倍
- 引き継ぎコスト =(仕様の言語化 + 後任の解読 + 手戻り)× 時間単価
- 放置コスト(年)= 月あたりの手作業時間 × 12 × 時間単価
- 見積書は金額ではなく、含まれている7項目を揃えて比較する
- 引き継ぎか作り直しかは、費用の大小ではなく「何年もつか」で選ぶ
まず自社の時間単価を1つ出してみてください。それだけで、見積書の金額が妥当かどうかの判断がつきます。実際のExcelを見ないと工数の幅は縮まらないので、桁の当たりを一緒に出すところまでは無料でやっています。今のスプレッドシートをそのまま管理アプリにする進め方もあわせてご覧ください。
よくある質問
Excelの属人化を引き継ぐ外注費用は、だいたいいくらですか?
既存ファイルの解読工数で決まります。マクロなしのExcel 1冊なら6〜18万円、VBAマクロ3本程度の中規模なら29〜79万円、ブック20冊・マクロ10本以上の大規模なら120〜342万円が目安のレンジです。いずれも外注単価6,000〜9,000円/時間で換算した概算で、実ファイルを見るまで幅は縮まりません。
見積もりが会社によって3倍も違うのはなぜですか?
ほとんどは含まれている範囲の違いです。特に差が出るのが、仕様の起こし(既存ロジックの解読とヒアリング)を工数に含めているかどうかです。安く見える見積書は依頼側が仕様書を用意する前提になっていることがあり、その分の社内工数を足すと総額は変わりません。見積もりで聞くべき7項目を同じ質問文で全社に投げるのが確実です。
引き継ぎにお金をかけるより、作り直したほうが安いのでは?
初期費用は作り直しのほうが高くなります。選ぶ基準は金額ではなく、効果が何年もつかです。引き継ぎ資料は1〜2年で古くなり次の異動で振り出しに戻りますが、アプリ化すれば担当者への依存自体が減ります。ただし作り直しのほうが失敗しやすく、業務ルールが固まっていない段階で着手すると使われない画面が増えます。
自社の時間単価はどうやって出せばよいですか?
年間人件費を年間所定労働時間で割ります。年間所定労働時間は、厚生労働省の毎月勤労統計調査にある一般労働者の月間所定内労働時間148.7時間を12倍して約1,784時間が目安です。給与額には社会保険料の会社負担分として約15%を乗せてください。自社の実額が分かるなら、平均値ではなくそれを使うほうが正確です。
相談する前に、自社で何を用意しておけばよいですか?
対象ファイルの一覧と、それぞれの更新頻度・使っている人数があれば十分です。マクロが入っているかどうかも分かれば工数の見立てが早くなります。仕様書は不要です。大規模な場合は、先に棚卸しをして本当に止められないファイルを絞るだけで工数が半分以下になることがあるため、一覧があるだけで話が進みます。