この記事は、自分または自社が正当に管理しているファイルに限って役に立ちます。他人から受け取ったファイルや、配布物・購入した教材・取引先の様式など、第三者が保護を掛けたファイルの解除を目的にしている方には使えません。そういう用途を想定した手順はこの記事には書きませんし、書くべきではないと考えています。
そのうえで、まず結論です。Microsoft はパスワードの復旧手段を提供していません。シートの保護について公式サポートは「パスワードを忘れた場合、Microsoft がそのパスワードを復元することはできません」、ブックの保護についても「紛失した場合、Excel は回復できません」と明記しています(ワークシートを保護する - Microsoft サポート/ブックを保護する - Microsoft サポート)。
ただし落胆する前に確かめてほしいことがあります。「保護」には強度がまったく違う 3 種類があり、どれが掛かっているかで打てる手が変わります。シートの保護なら中身を救い出して作り直せますが、読み取りパスワード(暗号化)なら何もできません。まずはそこを見分けてください。
3 つの「保護」は、名前が似ているだけで別物です
Excel で「パスワード」と呼ばれるものは 3 系統あります。混同したまま検索すると、関係のない解説にたどり着いてしまいます。
種類 | 設定場所 | 止めていること | 暗号化 | 忘れたときの見込み |
|---|---|---|---|---|
読み取りパスワード(パスワードを使用して暗号化) | [ファイル]→[情報]→[ブックの保護]→[パスワードを使用して暗号化] | ファイルを開くこと自体 | される | ほぼ絶望的。ファイル全体が暗号化され、中身を取り出せない |
ブック構成の保護 | [校閲]→[ブックの保護] | シートの追加・削除・名前変更・移動・コピー・非表示と再表示 | されない | 中身は読める。シート単位の持ち出しは制限される |
シートの保護 | [校閲]→[シートの保護] | ロックされたセルの編集 | されない | 中身は読める。値を救い出して作り直せる |
この差を Microsoft 自身がはっきり書いています。ワークシートの保護について公式サポートは「ワークシート レベルの保護は、セキュリティ機能として意図されたものではありません」とし、ファイルやブックをパスワードで保護することとは同じではないと注意しています。シートの保護はうっかり書き換えるのを防ぐ機能であって、見られないようにする機能ではありません。
一方、読み取りパスワードは実際にファイルを暗号化します。ただし Microsoft は、ファイル レベルの保護についても「パスワードでファイルをロックしても、必ずしも悪意のあるユーザーからファイルを保護できるとは限らないことに注意してください」と書き添えています(Excel ファイルを保護する - Microsoft サポート)。守りの手段としても万能ではない、という前提で設計すべきという話です。
シートの保護なら、値を救い出して作り直せます
シートの保護だけが掛かっているなら、保護を外さずにデータを別ブックへ移すのが正当で確実な道です。保護は編集を抑止する機能なので、読み出しは止められていません。
ただし、できる・できないは保護を掛けたときに許可した操作で変わります。自分のファイルであっても、過去の自分が何を許可したかで結果が違います。
掛かっている保護の状態 | やれること | 手順 |
|---|---|---|
シートの保護のみ。「ロックされたセル範囲の選択」が許可されている(既定) | 値・書式ごとコピーできる | Ctrl+A →[コピー]→ 新規ブックに貼り付け(数式も必要なら通常貼り付け、値だけなら値貼り付け) |
シートの保護のみ。「ロックされたセル範囲の選択」が禁止されている | セルを選べずコピーできない | シート自体を新規ブックへ移動・コピー(下の行を参照)。または印刷 / PDF 出力で内容を確認し、作り直す |
シートの保護のみ。ブック構成は保護されていない | シート単位で切り出せる | シート見出しを右クリック →[移動またはコピー]→ 移動先を「(新しいブック)」に。保護設定ごと移るため、移した先で値貼り付けに変換する |
ブック構成の保護も掛かっている | シートの移動・コピーが禁止される | セル範囲のコピーで救出するしかない |
読み取りパスワードが掛かっている | 開けないので何もできない | 後述の社内手続きへ |
この方法で割り切るときに、失うものを先に把握しておいてください。値貼り付けで救出すると、数式・データの入力規則・条件付き書式・グラフの参照・マクロは失われます。入力用シートを救出したつもりで計算ロジックごと消してしまい、翌月の締めで気づくのが最悪のパターンです。
そのため実務では、救出の前に何を復元したいのかを 1 行で決めてから手を動かします。「過去データだけ欲しい」なら値貼り付けで十分ですし、「来月も同じ処理を回したい」なら作り直す工数を見積もる話になり、やり方が変わります。
作り直すと決めたなら、同じ様式をもう一度エクセルで組むより、入力と閲覧だけ画面側に移してしまうほうが結果的に早いことがあります。Mihata ではそうした作り直しも請けています。記事の途中で恐縮ですが、保護を掛けた本人がもう社内にいない状況では、この選択肢が現実的になる場面が多いです。
退職者が掛けた保護で詰まったときの社内手続き
「設定した本人がいない」が理由の大半です。技術で解こうとする前に、次の順で当たるほうが早く終わります。
- 同じ様式の別ファイルを探す。前年度版・下書き版・テンプレート元ファイルには保護が掛かっていないことがよくあります。そこから様式だけ再生し、データは保護されたファイルからコピーで移す
- 引き継ぎ資料とメールを検索する。社内では同じパスワードが使い回されがちで、別ファイルの手順書に書かれていることがあります
- 情シス・総務に、退職者アカウントの保存物の確認を依頼する。パスワード マネージャーやメールの下書きに残っていることがあります
- 直近の共同作業者に聞く。設定者本人でなくても、同じチームの誰かが使っていたパスワードを覚えている場合があります
- そのファイルが本当に必要かを確認する。使っていないのに「念のため」残しているファイルなら、復旧より棚卸しのほうが費用対効果が高いです
この探索自体が、退職者から引き継いだファイルの整理と同じ作業です。手順は退職者のファイルを引き継ぐときの手順に、どこに何があるか分からなくなる構造的な原因は社内のファイルが探せなくなる原因にまとめています。
この記事に「強制解除の手順」を書かない理由
検索すると、拡張子を zip に変えて内部の XML を書き換える方法や、解除ツール・総当たりソフトを紹介する記事が並びます。この記事ではその手順を書きません。理由を正直に 3 つ書きます。
1 つ目は、同じ手順が他人のファイルにもそのまま使えることです。自社ファイルの話として書いても、第三者の保護を外す手引きとして機能してしまいます。読み手を選べない記事で配るべき情報ではないと考えています。
2 つ目は、自社ファイルであっても壊すリスクがあることです。内部構造を書き換える手順は、失敗すればファイルが開かなくなります。保護が外せないという 1 つの問題を、破損の復旧という別の問題に差し替えるだけになりかねません(エクセルファイルが破損して開けないときの復旧手順)。
3 つ目は、社内規程やベンダーとの契約に触れる可能性があることです。自社管理のファイルでも、情報セキュリティ規程でツールの持ち込みや解析行為を禁じている会社は珍しくありません。手順の是非より先に、社内の誰が判断する話なのかを確認してください。
その代わりに価値を出せるのは、検索した人が本当に困っている「この先どうするか」の部分です。公式に復旧手段がない事実を前提にすれば、やることは「救い出せるものを救って作り直す」と「二度目を起こさない設計に変える」の 2 つに絞られます。
本題は再発防止:パスワードではなく権限と画面で守る
パスワードによる保護には、設計として 2 つの弱点があります。誰が触れるかを決められないことと、設定した人が辞めたら誰も分からなくなることです。パスワードは「知っている人全員」に同じ権限を与える仕組みなので、人の出入りがある組織では必ず今回と同じ場所で詰まります。
守りたいこと | パスワードでやる場合の弱点 | 権限と画面でやる場合 |
|---|---|---|
計算式を壊されたくない | 解除できる人が全員同じ。異動のたびに共有範囲が広がる | 編集権限を持つ人を名前で指定。計算は入力画面から切り離す |
決まった形式で入力させたい | 保護+入力規則で作り込むほど、直せる人が 1 人に偏る | 入力フォームを用意し、様式は画面側で担保する |
見てよい人を絞りたい | 読み取りパスワードは配った時点で誰にでも渡る | 共有設定で個人・グループ単位に。後から外せる |
誰がいつ変えたか知りたい | 記録が残らない | 変更履歴・更新者が自動で残る |
どうしてもパスワードを使う場面(社外に送る見積書など)が残るなら、パスワードの管理台帳を 1 枚だけ作ってください。載せるのは「対象ファイル名と保管場所」「保護の種類(読み取り / ブック構成 / シート)」「設定した人と日付」「パスワードの保管先(パスワード マネージャーの項目名)」の 4 列で足ります。パスワードそのものを台帳に平文で書くのではなく、どこを見れば分かるかを書くのが要点です。
設計を変える方向の進め方はエクセル管理をやめるときの移行手順、入力画面を外注する場合の費用感はエクセルの入力フォームを外注するときの費用の目安にまとめています。マクロまで絡んで特定の人しか触れなくなっているならエクセルマクロの属人化をアプリ化で解消する進め方が近い話です。
同じ「配って回す運用」から出る症状として、xlsm のマクロが無効になりましたと出るときの解除手順や、外部リンクの更新を毎回求められるときのリンク元の探し方も合わせて確認しておくと、どこから手を付けるかの優先順位が付けやすくなります。
よくある質問
シートの保護のパスワードを Microsoft に問い合わせれば教えてもらえますか?
いいえ。公式サポートは「パスワードを忘れた場合、Microsoft がそのパスワードを復元することはできません」と明記しており、ブックの保護についても「紛失した場合、Excel は回復できません」としています。復旧窓口は存在しないため、値を救い出して作り直すか、設定者・情シスに当たるかの二択になります。
シートの保護と、ファイルを開くときのパスワードは何が違うのですか?
強度がまったく違います。シートの保護はロックされたセルの編集を抑止する機能で、Microsoft 自身が「ワークシート レベルの保護は、セキュリティ機能として意図されたものではありません」としており、暗号化は行われません。一方、[パスワードを使用して暗号化]で設定する読み取りパスワードはファイル全体を暗号化するため、忘れると中身を取り出す手段がありません。
保護されたシートから、データだけ取り出すことはできますか?
シートの保護だけなら多くの場合できます。保護を掛けたときに「ロックされたセル範囲の選択」が許可されていれば、Ctrl+A でコピーして新規ブックへ貼り付けられます。シート見出しの右クリックから[移動またはコピー]で新しいブックへ出す方法もありますが、ブック構成の保護が掛かっているとこの操作は禁止されます。なお値で貼り付けると数式・入力規則・条件付き書式・マクロは失われます。
退職者が掛けた保護です。技術的な解除以外に手はありますか?
あります。前年度版や下書き版など同じ様式の別ファイルには保護が掛かっていないことが多く、様式はそこから再生してデータだけコピーで移せます。並行して、引き継ぎ資料やメールの検索、情シスへの退職者アカウントの保存物の確認、同じチームの共同作業者への確認を進めてください。多くの現場ではこちらのほうが早く解決します。
この記事に強制解除の方法が書かれていないのはなぜですか?
同じ手順が他人のファイルにもそのまま使えてしまい、第三者の保護を外す手引きとして機能してしまうためです。加えて、内部構造を書き換える手順は失敗するとファイルが開かなくなり、破損の復旧という別の問題に差し替わります。社内の情報セキュリティ規程に触れる可能性もあるため、手順の是非より先に社内で判断すべき話だと考えています。
今後こうならないようにするには、どうすればよいですか?
パスワードで守るのをやめ、権限(共有設定)と入力画面で守る形に移すのが本筋です。パスワードは知っている人全員に同じ権限を与える仕組みで、設定した人が辞めると誰も分からなくなります。どうしてもパスワードが必要な場面が残るなら、対象ファイル・保護の種類・設定者と日付・パスワードの保管先を記した管理台帳を 1 枚だけ作り、平文ではなく「どこを見れば分かるか」を残してください。