結論から言えば、「全部SaaS」も「全部内製」も、2026年時点では現実的ではありません。分かれ目は機能の高度さではなく、「その業務が自社固有か、どの会社にも共通か」と「止まったときに誰が責任を負うか」の2点です。この2つで切ると、内製すべき領域は思ったより狭く、しかし確実に存在します。
2026年に入ってAIエージェントの登場でソフトウェア株が売られ、「脱SaaS」「内製化」という言葉が急に増えました。ただ実務で判断するときに必要なのは、株価の話ではなく線引きの基準です。この記事ではその基準を整理します。
2026年に何が起きたのか
きっかけは、AIエージェントが「既存ソフトの中で動く」のではなく「素材から直接タスクを完遂する」方向へ進んだことです。2026年2月、Anthropicが自律的にタスクを実行するプラグイン群Claude Coworkを公開し、続いて新モデルを投入したことで、既存ソフトウェアの必要性を巡る懸念が市場に広がりました。
Forbesの報道によれば、2026年2月17日にはOracleが3.4%、Intuitが5.2%、Salesforceが2.7%、Adobeが1.4%下落し、iShares Expanded Tech-Software ETFは2%安・年初来では22%を超える下落となりました。市場が織り込もうとしたのは「ソフトが要らなくなる」ではなく「ソフトの売り方が変わる」という予想です。
なお、この局面で「時価総額が◯兆ドル消えた」という数字が多く出回りましたが、集計期間や対象の取り方で推計に大きな幅があります。本記事では確認できる個別銘柄の値動きだけを扱います。
「内製できる」と言われるようになった理由
AIがコードを書く前提になった
従来、社内システムの内製が難しかったのは、要件定義から実装・保守までを担える人材が中小企業にはいないからでした。AIコーディングの実用化で、この壁の高さが下がったのは事実です。簡単な管理画面であれば、非エンジニアが試作まで持っていける状況になっています。
つなぎ方が標準化された
もう一つが接続の標準化です。Anthropicが2024年11月に公開したMCP(Model Context Protocol)は、AIと外部ツールをつなぐ共通規格として広まりました。公式ブログによれば、2026年7月28日版の仕様公開時点で主要SDKは月間5億回近いダウンロード、TypeScriptとPythonのSDKは累計10億ダウンロードを超えています。運営もLF Projects(Linux Foundation系)の体制に移っています。
つまり、「AIに社内の道具を使わせる」ための配管が、各社独自実装ではなく共通規格になったということです。詳しくはAIエージェントに社内データを渡す方法をMCPと台帳設計から整理した記事で扱っています。
それでも内製が向かない領域
ここを見誤ると事故になります。実務で「これは買ってください」と申し上げている領域です。
領域 | なぜ内製が向かないか |
|---|---|
会計・給与・年末調整 | 法令改正への追随が毎年発生し、間違えると税務・労務のリスクが直接発生する |
決済・請求(カード情報を扱うもの) | PCI DSSなどの基準対応と監査が必要で、自前で持つ意味がない |
メール配信・SMS・電話の基盤 | 到達率や規制対応がノウハウの塊。自前構築の費用対効果が合わない |
認証(ID・パスワード管理) | 自作は事故に直結する。既存のIDプロバイダに委ねるのが定石 |
24時間365日止まってはいけない基幹 | 監視・障害対応の当番を自社で持てるかという運用体制の問題 |
共通しているのは、「どの会社でも要件がほぼ同じ」かつ「間違えたときの損失が大きい」領域だという点です。ここはSaaSの価格が高くても買ったほうが安く済みます。
逆に、内製(あるいは受託での作り込み)が向く領域
向くのは、自社固有で、他社と同じ要件になりようがない領域です。
- 案件やプロジェクトの進行管理(フェーズの持ち方が会社ごとに違う)
- 顧客管理のうち、自社の商流に固有の項目(施工の有無、機材の型番、契約更新月など)
- 在庫・発注・仕入れの管理(取扱商材と単位が独特)
- 現場からの日報・報告の収集と集計
- 部門をまたいだ「一枚の台帳」(営業から受注、請求、アフターまで)
この領域はSaaSを入れても結局「うちのやり方と合わない」となり、Excelやスプレッドシートに戻る現象が起きます。実際、SaaSを導入したのに現場が並行してスプレッドシートを運用している、という状態は非常によく見ます。これは現場が悪いのではなく、要件が固有だという事実の現れです。
現実解:共通機能は買い、固有の台帳は自社側に持つ
この線引きに立つと、答えはシンプルになります。会計や決済のような共通機能はSaaSで買い、自社固有の管理台帳は、自分たちが所有できる形で持つという組み方です。
そのとき台帳の置き場所として現実的なのがGoogleスプレッドシートです。理由は3つあります。すでに全員が使えて教育コストがゼロに近いこと、AIが最も読み書きしやすい表形式であること、そしてデータがベンダーの独自形式に閉じないことです。Googleは2026年4月22日に、Geminiが自然言語の指示だけでスプレッドシート全体を構築・編集できるようになったと発表しており、器をスプレッドシートにしておくとAI側の進化が自動的に乗ってきます。
一方でスプレッドシートは、人が毎日見る画面としては限界があります。そこで、データはスプレッドシートに置いたまま人が見る画面だけをアプリにする、という組み立てになります。私たちが提供している「スプシ de 社内アプリ」はこの考え方で、初期25万円〜、月額保守9,800円または19,800円(税別・人数無制限)でお受けしています。記事の途中で恐縮ですが、「SaaSを入れたのに結局スプレッドシートに戻っている」という状態に心当たりがあれば、一度ご覧いただけたら嬉しいです。
内製するか買うかの判断チェックリスト
問い | Yes | No |
|---|---|---|
他社も同じ要件で使えるか | 買う(SaaS) | 自社側に持つ |
法令改正への追随が毎年発生するか | 買う | 自社側でも可 |
止まると即座に売上・信用が毀損するか | 買う | 自社側でも可 |
今スプレッドシートで代替運用されているか | 自社側に持つ | 現状維持でよい |
作った後、自社で項目追加をしたいか | 自社側に持つ | 買う |
なお「全部自分たちで作る」を選ぶ場合の落とし穴は、AIで社内アプリを内製して失敗する典型パターンをまとめた記事に整理しました。着手前に一度目を通しておくと、手戻りをかなり減らせます。既存の業務システムからの乗り換えを検討中なら、kintoneの乗り換え費用と代替案の比較も判断材料になります。
まとめ:脱SaaSではなく「持ち場の再配置」
2026年に起きているのは、SaaSの消滅ではなく持ち場の再配置です。共通機能は今後も買い続けますし、むしろAIエージェントから呼び出される部品として残ります。変わるのは、自社固有の台帳を他社の独自形式に預けたままにしておく合理性が薄れたという点です。
まずは、現在契約しているSaaSを「他社と同じ要件か/自社固有か」で分けてみてください。固有側に並んだものが、自社に取り戻す候補です。棚卸しの段階からのご相談も承っています。
よくある質問
脱SaaSは本当に進むのですか?
SaaSがなくなるというより、持ち場が変わると考えるのが実態に近いです。会計や決済のように要件が共通で失敗コストが大きい領域は買い続ける一方、自社固有の管理台帳を自社側に持ち直す動きが出ています。
2026年2月に何が起きたのですか?
AnthropicがタスクをAIが自律実行するプラグイン群Claude Coworkを公開したことなどをきっかけに、ソフトウェア株が売られました。Forbesによれば2026年2月17日にOracleが3.4%、Intuitが5.2%、Salesforceが2.7%下落し、ソフトウェアETFは年初来22%超の下落となりました。
内製が向かないのはどんな領域ですか?
会計・給与・年末調整、決済、メールやSMSの配信基盤、認証、24時間365日止められない基幹です。いずれも要件が各社共通で、間違えたときの損失が大きい領域です。
内製が向くのはどんな領域ですか?
案件やプロジェクトの進行管理、自社の商流に固有の顧客管理項目、在庫や発注、日報の集計、部門をまたいだ一枚の台帳など、他社と同じ要件になりようがない領域です。
MCPとは何ですか?
AIと外部ツールをつなぐ共通規格で、Anthropicが2024年11月に公開しました。公式ブログによれば2026年7月28日版の仕様公開時点で主要SDKは月間5億回近いダウンロード、TypeScriptとPythonのSDKは累計10億ダウンロードを超えています。