結論:機種を選ぶ前に「時間制度」を決める
対局時計の設定でつまずく原因は、ほぼ「どの時間制度で指すのかが決まっていない」ことです。将棋・囲碁で使われる時間制度は切れ負け・秒読み・フィッシャー(加算)・考慮時間の4つが基本で、これを先に決めれば機種が違っても設定手順は同じになります。実例として、日本将棋連盟のNHK杯戦は本戦トーナメントが「持ち時間10分・切れたら1手30秒未満・他に10分の考慮時間あり(チェスクロック使用)」と公表されています。まずこの4つの違いを押さえてください。
4つの時間制度の違いを一覧で比べる
同じ「対局時計」でも、残り時間がどう減るかは制度ごとに別物です。下の表は、残り時間の減り方・時間を使い切ったときの扱い・向く場面の3点で並べたものです。実務では、この表の右端(向く場面)から逆に制度を選ぶほうが早く決まります。
時間制度 | 残り時間の減り方 | 使い切ったとき | 向く場面 |
|---|---|---|---|
切れ負け | 考えた分だけ一方向に減り、増えない | その瞬間に負け(時間切れ) | 持ち時間が短い早指し、進行時刻を厳密に守りたい大会 |
秒読み(1手ごと) | 持ち時間が尽きた後は、1手ごとに同じ秒数が与え直される | その秒数内に着手できなければ負け | プロ棋戦・公式戦の標準。終盤を指し切らせたいとき |
フィッシャー(加算方式) | 1手指すごとに決めた秒数が足される。早く指せば残り時間は増える | 加算しても足りなくなった時点で負け | ネット対局や自宅対局。進行時間の上限をおおむね読めるようにしたいとき |
考慮時間 | 秒読み中に申告して使う延長ぶん。使った回数・分数だけ減る | 残り0になったら以後は秒読みだけで指す | 持ち時間を短くしつつ、勝負所だけ長考を許したいとき |
切れ負け:持ち時間が尽きた瞬間に負け
切れ負けは、秒読みや加算を一切付けない設定です。日本将棋連盟の対局規則では、時間切れ(持時間および秒読みの時間内に着手が完了しない行為)は反則として列挙され、反則を犯した対局者は即負けと定められています。日本棋院のネット対局室「幽玄の間」も、持ち時間を使い切ると時間切れ負けになると明記しています。進行が読めるぶん運営は楽ですが、終盤で一方的に決着するため、指導の場では避けられることが多い設定です。
秒読み:1手ごとに同じ時間が与え直される
秒読みは、持ち時間を使い切った後に「1手あたり何秒」で指し続ける制度です。日本将棋連盟の棋戦ページでは「切れたら1手30秒未満」という表記で示され、NHK杯戦の予選は持ち時間20分+1手30秒未満、銀河戦は15分+1手30秒未満と公表されています。囲碁側の「幽玄の間」はこれを手合方式と呼び、30秒3回の設定なら自分の手番で30秒を超えるたびに回数が1回減り、残り1回で超えるとその時点で時間切れ負けになる、と挙動まで説明しています。実務では、回数制の秒読み(○秒×○回)と無制限の秒読み(毎手リセット)を混同しないことが大事です。
フィッシャールール:1手ごとに時間が足される
1手指すごとに一定の秒数を加算する方式です。FIDEのチェス規定では、対局時計を使う場合は「各手ごとに加算される追加時間を含めて」定められた時間内に指し終える必要があると定義されており、加算ぶんは事前に明示することが求められます。日本で通称される「フィッシャールール」という呼び名自体は公式規定の用語ではないため、大会要項に書くときは「1手○秒加算」と数値で書くほうが誤解が出ません。早く指せば残り時間が増えるので、切れ負けのような一方的な時間切れが起きにくいのが利点です。
考慮時間:秒読み中だけ使える延長ぶん
考慮時間は、秒読みに入った後で「ここは長く考えたい」というときに申告して使う延長枠です。日本将棋連盟はNHK杯戦本戦を「持ち時間10分・切れたら1手30秒未満・他に10分の考慮時間あり」、銀河戦を「15分・切れたら1手30秒未満・他に10分の考慮時間あり」と分数で表記しています。一方、日本棋院の「幽玄の間」はNHK方式として「秒読み30秒、考慮時間1分10回」と回数で表記し、30秒を過ぎると1分の考慮時間に入って回数が1回減る、残り回数を続けて使うこともできる、としています。同じ考慮時間でも分でプールする表記と回数で数える表記があるので、要項には必ずどちらかを明記してください。
カナダ式:決めた手数を決めた時間内に打つ(囲碁)
囲碁には、1手ごとではなく「何分で何手」を単位にする秒読みもあります。日本棋院の「幽玄の間」はカナダ方式として10分25手の例を挙げ、25手を10分以内に打てば次の手番でまた10分が与えられると説明しています。第28回世界アマチュア囲碁選手権戦の競技規定も、持ち時間を一人1時間半とし、その後は10分で15手を打ち切る形を対局終了まで繰り返す、打ち切れなかった場合は時間切れ負けと定めています。1手に5分かけても残りで打ち切れれば負けにならないため、配分の自由度が高い制度です。
公式戦の持ち時間は公開されている
大会要項を作るときは、公式戦の数値を出発点にすると決めやすくなります。日本将棋連盟は「プロ棋戦の規定等について」でタイトル戦の持時間を公表しており、日本棋院も各棋戦ページで持時間と秒読みの入り方を示しています。下の表は、それぞれの公式ページで確認できた数値だけを並べたものです。
棋戦 | 持ち時間 | 備考 |
|---|---|---|
名人戦(将棋) | 9時間 | 2日制 |
竜王戦・王位戦・王将戦(将棋) | 各8時間 | 2日制 |
王座戦(将棋) | 5時間 | 1日制 |
叡王戦・棋王戦・棋聖戦(将棋) | 各4時間 | 1日制 |
NHK杯戦 本戦(将棋) | 10分 | 切れたら1手30秒未満・他に10分の考慮時間 |
棋聖戦 七番勝負(囲碁) | 各8時間 | 秒読みは残り10分前より |
世界アマチュア囲碁選手権戦 | 一人1時間半 | のち10分で15手打ち切りを繰り返す |
時計の押し方にもルールがある
設定と同じくらい事故が多いのが、ボタンの押し方です。日本将棋連盟の対局規則は、着手完了前に対局時計のボタンを押して相手の時計を進める行為を反則として挙げ、着手完了前とは「駒を動かす前、動かした駒から手を離す前の状態」だと定義しています。また、ボタンは着手を行った手で押さなければならず、反対の手で押した場合は注意・警告を経て、繰り返せば反則負けになる場合があるとされています。FIDEのチェス規定も同様に、指した手と同じ手で時計を押すこと、指す前に時計を押すことを禁じています。
もうひとつ、初心者の場でよく揉めるのが「時計を押していないから待ったではない」という主張です。日本将棋連盟は、一瞬でも駒から手が離れれば着手は完了であり、対局時計のボタンは着手の完了には一切関係がないと明言しています。教室で最初に伝えるべきは、この一文です。
トラブル時に時計を止める手順も決めておきます。対局規則では、立会人が対局時計の一時的な停止や再開、持時間の増減を行える権限を持ち、対局者も相手の了承を受けたうえで立会人が到着するまで時計を止めて中断できると定めています。世界アマチュア囲碁選手権戦の注意書きも、問題が生じたときは中央の赤いボタンを一回押して時計を止め、係員を呼ぶよう案内しています。
場面別の設定の決め方
子ども将棋教室
1コマで複数局を回したいので、持ち時間は短く、終盤は指し切らせたい場面です。実務では「持ち時間5〜10分・切れたら1手30秒未満」のように、公式戦と同じ秒読み表記に合わせておくと、子どもがそのまま大会に出たときに戸惑いません。考慮時間は、慣れるまでは付けないほうが進行が読めます。切れ負けにすると勝敗が時間で決まってしまい、詰ませる練習にならないため避けます。
支部の大会・イベント
会場の撤収時刻がある以上、1局の上限時間が読めることが最優先です。秒読みは1手あたりの上限が決まるだけで総時間の上限は決まらないため、長引く前提で組むか、フィッシャー(1手○秒加算)で上限を読みやすくするかを先に決めます。要項には持ち時間・秒読みの秒数・回数制かどうか・考慮時間の有無の4点を数値で書き、「フィッシャールール」のような通称だけで済ませないことが、当日の問い合わせを減らす一番の近道です。
自宅での対局・研究会
専用機を持っていない場面です。1台の対局時計を両者で共有する運用(片方を止めてもう片方を動かす)はWebのタイマーでは再現しにくいので、制度そのものを代用しやすいものに寄せます。具体的には、秒読みだけを再現する(毎手同じ秒数を測り直す)か、持ち時間ぶんを各自のストップウォッチで測るかの2択にすると、手元の道具で足ります。
専用の対局時計のほうが向く場面はもちろんあります。1つのボタンで手番を切り替える運用や、秒読みの自動読み上げ、回数制の残り回数表示は専用機の領分です。そのうえで、秒読みの秒数を測るだけ・持ち時間を各自で測るだけなら、Mihataの集中時計(タイマー・ストップウォッチ)でも間に合います。
Webのタイマーで代用するときの限界と現実的な手
先に、できないことをはっきりさせます。Webのタイマーは、1ボタンで両者の時計を切り替える(片方を止めて同時に他方を動かす)ことができません。秒読みの「30秒・40秒・50秒、1・2・3…」という読み上げも、回数制の残り回数の自動管理もしません。ここを専用機と同じだと思って持ち込むと、大会運営では必ず破綻します。
そのうえで、代用できる範囲は意外と広いです。秒読みだけを再現するなら、同じ秒数を自動で測り直す繰り返しタイマーの使い方が一番近い形で、1手ごとに押し直す手間を省けます。持ち時間が分単位で決まっているなら、1分単位のプリセットタイマーを各自の端末で走らせ、切れたところから秒読みに移る運用で足ります。
研究会で「どの局面に何分使ったか」を後から振り返りたいときは、ラップを刻む形が向きます。ラップを記録できるストップウォッチで手番ごとにラップを取っておけば、消費時間の配分をそのまま検討材料にできます。盤に手を戻しながら操作するので、マウスを探さずに開始・停止できるキーボードショートカットでの操作も併せて確認しておくと実用に足ります。
最後に運用の注意です。Webのタイマーを使う場合も、ボタン(キー)を押すのは着手を完了した後という順番だけは公式戦と揃えておいてください。指す前に押す癖が付くと、対局規則では反則に当たる行為をそのまま練習してしまうことになります。
よくある質問
秒読みと切れ負けは何が違うのですか。
切れ負けは持ち時間が尽きた瞬間に負けになる設定で、残り時間は増えません。秒読みは持ち時間が尽きた後も1手ごとに同じ秒数が与え直され、その秒数内に着手できたかぎり指し続けられます。日本将棋連盟の棋戦ページでは「切れたら1手30秒未満」のように表記されています。
考慮時間はどう設定すればいいですか。
分でプールする表記と回数で数える表記の2通りがあるため、要項ではどちらかを明記します。日本将棋連盟はNHK杯戦本戦を「他に10分の考慮時間あり」と分で表記し、日本棋院の幽玄の間はNHK方式を「考慮時間1分10回」と回数で表記しています。初心者中心の場では付けないほうが進行が読めます。
フィッシャールールという名前で要項に書いてよいですか。
通称としては通じますが、公式規定の用語ではありません。FIDEのチェス規定では各手ごとに加算される追加時間として定義されており、事前に明示することが求められています。要項には「1手○秒加算」と数値で書くほうが誤解が出ません。
対局時計のボタンは、どちらの手で押しても構いませんか。
日本将棋連盟の対局規則では、ボタンは着手を行った手で押さなければならないと定められています。反対の手で押した場合は注意・警告が行われ、その後も繰り返された場合は反則負けになることがあります。FIDEのチェス規定も同じく、指した手と同じ手で押すことを求めています。
専用機がない場合、Webのタイマーで代用できますか。
秒読みの秒数を測る、持ち時間を各自で測るという範囲なら代用できます。ただし1つのボタンで両者の時計を切り替えること、秒読みの自動読み上げ、回数制の残り回数の管理はできません。大会運営で厳密に運用する場合は専用の対局時計が向きます。