採用選考にAIを使うこと自体は、日本では禁止されていません。ただし「何でもやってよい」わけではなく、職業安定法第5条の5と厚生労働省の指針が集めてよい情報の範囲を絞り、個人情報保護法が利用目的の特定と通知・公表を求めます。逆に言えば、この2本の法律を外さなければ、書類スクリーニングもAI面接も現行法の枠内で運用できます。
一方でEUと米国ニューヨーク市は、採用AIそのものを名指しで規制しています。この記事では日本を主軸に、EU・NY市を比較の材料として整理します。
本記事は法的助言ではありません。個別の判断は弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。また、法令は改正されます。実際の運用前には必ず最新の条文・ガイドラインをご確認ください(本記事は2026年8月時点で公開情報を確認して執筆しています)。
結論:日本では「原則OK・ただし入口と説明で縛られる」
日本には、採用AIを直接の対象とした規制法は執筆時点で存在しません。2025年に成立した人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(いわゆるAI推進法)は、研究開発と活用の推進を柱とする理念法であり、事業者に対する罰則付きの禁止規定を置いていません。
そのため、AI採用の適法性は既存法の解釈で決まります。効いてくるのは、求職者の個人情報を扱うルールを定めた職業安定法と、その一般法である個人情報保護法の二層です。AIかどうかではなく「何を集めたか」「何に使うと言ってあったか」が問われる構造だと理解すると、判断が楽になります。
したがって最初にやるべきはツールの比較ではありません。応募フォームと面接の設問から集めてはいけない情報を取り除き、利用目的の記載をAI利用を含む形に書き直すことです。ここが崩れていると、どのツールを選んでも同じ論点でつまずきます。
日本法その1:職業安定法第5条の5と、平成11年告示の指針
職業安定法第5条の5第1項は、公共職業安定所や職業紹介事業者に加えて「求人者」「労働者の募集を行う者」も名宛人にしています。つまり、人材紹介会社を通さず自社で直接募集している中小企業も、この条文の対象です。
条文は、求職者等の個人情報を「収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして」収集し、「当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない」と定めています。ただし書きで、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は例外とされています。
重要なのは、この条文が収集だけでなく保管と使用まで目的の範囲に縛っている点です。採用のために集めた応募書類をモデル学習に流用する発想は、この時点で慎重に扱う必要があります。
AIに拾わせてはいけない情報がある
職業安定法に基づく指針(平成11年労働省告示第141号)は、業務の目的達成に必要な範囲内であっても、原則として収集してはならない個人情報を3類型で挙げています。すなわち、(1) 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、(2) 思想及び信条、(3) 労働組合への加入状況です。
例外は「特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合」に限られます。実務では該当場面はほぼないと考えて設計するのが安全です。
厚生労働省の公正な採用選考のページはこれを具体化し、本人に責任のない事項(本籍・出生地、家族の職業や収入、住宅状況など)と、本来自由であるべき事項(宗教、支持政党、人生観、購読新聞など)を挙げています。
ここがAI採用で一番危ないところです。生成AIに「エントリーシートを要約して所感を書いて」と丸投げすると、家族構成や出身地をうかがわせる記述を拾い上げて評価コメントに混ぜてしまうことがあります。人が聞いてはいけないことは、AIにも書かせてはいけません。出力項目を固定し、上記の類型に触れる語を出させない設計にしてください。入力側の線引きは生成AIに入力してはいけない情報の整理も併せてご覧ください。
「AI面接は違法」なのか
AI面接そのものを違法とする条文は、執筆時点で確認できませんでした。表情や声色から評価するタイプでも、日本では現行法上ただちに禁止されるものではありません。
ただし、適法かどうかと妥当かどうかは別問題です。表情・音声の解析は、障害や疾患、母語の違いに起因する特徴を「評価が低い」と処理してしまう可能性を否定できません。合理的配慮の観点からも、AI面接を受けにくい応募者に代替手段を用意しておくのが穏当だと考えます。
もう一つの論点は選考の設計です。AIに評価させる前に、聞くべきことが職務要件と結びついているかを見直すほうが精度にも公正さにも効きます。設問設計はAIを使った面接質問の作り方で扱っています。
日本法その2:個人情報保護法と「自動で分析する」ことの扱い
個人情報保護法には、プロファイリングや自動意思決定を正面から規律する条文が執筆時点では置かれていません。GDPR第22条のような「自動化された決定のみに服さない権利」に相当する規定は日本法にない、というのが現行の建付けです。
かわりに効くのが利用目的の特定と通知・公表の規律です。個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)は、本人から得た情報から行動・関心等の情報を分析する場合について、どのような取扱いが行われているかを本人が予測・想定できる程度に利用目的を特定しなければならないとしています。「採用活動のため」だけでは足りない可能性がある、ということです。
さらに、不適正利用の禁止(法第19条)と、要配慮個人情報の取得に原則として本人同意を要する規律(法第20条第2項)も外せません。AIが応募書類から病歴や信条を推知して評価に使う設計は、この両方に触れうる危うさがあります。
AI採用に「同意」は必要か
個人情報保護法は、取得と利用にあたって常に本人同意を要求しているわけではありません。利用目的を特定し、取得時に通知または公表していれば、原則として同意なしで利用できます。誤解の多いところです。
ただし指針は、本人以外の者から求職者情報を集める場合に、本人の同意の下で収集することを求めています。リファレンスチェックやSNS調査をAIに代行させる構成は、この要件に正面からぶつかります。
実務上のおすすめは、法的な要否を詰めるより先に応募時点で「選考の一部にAIによる分析を用いる」と書いてしまうことです。利用目的の特定と通知の要請を満たしやすくなり、後述するEU・NY市の水準にも近づきます。
求職者への説明義務はどこまであるか
「AIを使ったこと」や「AIが不採用と判断した理由」を求職者に説明する明文の義務は、公式には確認できませんでした。開示請求の対象になるのは保有個人データであって、評価アルゴリズムのロジックそのものではありません。
とはいえ、説明できない選考は採用ブランドを削ります。求人票と自社サイトにAIの使用範囲(例:一次スクリーニングの補助まで。合否の最終決定は人が行う)を一行入れておくだけで、問い合わせは目に見えて減ります。
2026年改正で何が変わるのか(そして変わらないのか)
個人情報保護委員会によれば、「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律」は2026年7月10日に成立し、7月17日に公布されました。施行は原則として公布の日から起算して2年を超えない範囲内とされ、本記事執筆時点(2026年8月)では未施行です。政令・規則・ガイドラインは検討中と公表されています。
同委員会の概要資料によれば、改正の柱は、統計情報等の作成にのみ利用される場合の本人同意の不要化、顔特徴データ等の取扱いに関する周知の義務化、委託先規律の見直し、重大な違反に対する課徴金の導入などです。採用プロファイリングを直接規制する条項は、同資料には確認できませんでした。
ただし採用実務に効きそうな変更はあります。顔特徴データ等の周知が義務化される方向であり、録画型AI面接で顔情報を扱う場合に無関係ではありません。施行時期とガイドラインの内容は必ず一次情報でご確認ください。日本のAI関連ルール全体の見取り図は日本のAI規制の現在地にまとめています。
日本・EU・米国NY市の比較表
同じ「AI採用の規制」でも、3地域で重さと発動条件がまったく違います。中小企業にとっての実務影響という観点で並べると、次のようになります。
項目 | 日本 | EU(AI法) | 米国ニューヨーク市(Local Law 144) |
|---|---|---|---|
主な根拠 | 職業安定法第5条の5と指針、個人情報保護法 | Regulation (EU) 2024/1689(AI法)Annex III 4項 | Local Law 144 of 2021(DCWPが所管) |
何が義務か | 収集情報の制限、利用目的の特定と通知・公表、目的の範囲内での保管・使用 | 採用・選抜に用いるAIを高リスクに分類し、リスク管理・データガバナンス・技術文書・人間による監督などを要求 | 使用前1年以内の独立監査人によるバイアス監査、監査結果の公表、候補者への事前通知 |
対象 | 求人者・募集を行う者・職業紹介事業者など(自社採用も含む) | EU域内で高リスクAIを提供・利用する事業者(域外も対象になりうる) | NY市内の職務について自動化された雇用判断ツールを使う雇用主・職業紹介事業者 |
通知のタイミング | 明文の期限規定は確認できず(取得時の通知・公表が基本) | 高リスクAIの利用を対象者に知らせることを含む義務群 | 使用の10営業日以上前に通知し、代替の選考手段を求める機会を与える |
適用開始 | 現行法として適用中(2026年改正法は公布済み・未施行) | Annex III の高リスク義務は2027年12月2日から適用(AI Omnibusにより後ろ倒し) | 2023年7月5日から執行開始 |
日本の中小企業への実務影響 | 最優先。応募フォームと評価出力の設計に直結する | EU域内の求職者を選考する場合に検討。国内のみなら直ちに適用されない | NY市の職務で募集する場合のみ。該当すれば監査費用が発生する |
EU AI法:採用は名指しで高リスク、ただし適用は2027年12月
EU AI法のAnnex III 4項(a)は、採用または人材の選抜に用いられることを意図したAIシステム、とりわけ求人広告のターゲティング配信、応募の分析とフィルタリング、候補者の評価を挙げています。同項(b)は昇進や契約終了、業績・行動の監視や評価に関わるシステムを対象としています。書類の自動スクリーニングは、EUでは真正面から高リスクです。
もっとも適用時期は動きました。欧州委員会の公表によれば、2026年7月27日に発効したいわゆるAI Omnibusにより、Annex III の高リスク義務の適用開始は2027年12月2日となりました(Annex I の製品組込み型は2028年8月2日)。整合規格の整備が間に合わないことが主な理由と説明されています。
日本国内だけで採用している中小企業に、この義務が直ちに及ぶわけではありません。EU向けの求人を出す、EU在住者を選考するなら検討対象になります。適用範囲の考え方はEU AI法と日本企業の関係で整理しています。
NY市 Local Law 144:監査結果の公表まで求める
ニューヨーク市のLocal Law 144は、自動化された雇用判断ツール(AEDT)について、使用前1年以内にバイアス監査を受けていること、監査に関する情報が公開されていること、候補者や従業員への通知が行われていることを条件に、その使用を認めています。
バイアス監査は独立した監査人による公平な評価であり、ツールが各属性区分に与える影響の差を検証するものとされています。通知は使用の10営業日以上前に行い、候補者が代替の選考手続を求められるようにする必要があります。DCWPは2023年7月5日から執行を開始しました。
日本の中小企業が直接この規制を受ける場面は限られます。それでも「事前に偏りを検証する」「使うと知らせる」「代替手段を用意する」の3点は、法域を問わず使える良い型です。
どこから手を付ければよいか迷われたなら、ツール選定から始めないほうが安全です。Mihataでは現在の選考フローを一緒に見て、法令に触れやすい箇所とAIで置き換えても差し支えない箇所を切り分けるところからお手伝いしています。
採用にAIを使う前の実務チェックリスト
導入前に、次の項目を上から順に確認することをおすすめします。ツールの機能比較より先に、貴社側の設計を固めるほうが失敗が少ないです。
- 応募フォームとエントリーシートから、本籍・出生地・家族の職業や収入・住宅状況・信条・支持政党・労働組合の加入状況を尋ねる項目を削除したか。
- AIへの入力範囲を、職務要件に関係する記述(職歴・スキル・実績)に限定し、自由記述の丸投げをやめたか。
- AIの出力項目を固定し、上記の禁止類型に触れる推測や所感を出させない指示になっているか。
- プライバシーポリシーと求人票の利用目的に、AIによる分析を用いる旨を、応募者が予測できる粒度で書いたか。
- AIの役割が「補助」か「決定」かを社内で明文化し、合否の最終決定を人が行う運用にしているか。
- 不合格者データの保存期間と削除時期を決め、モデル学習への転用を禁止したか。
- AIツールの提供元が入力データを学習に使わない設定か、契約と管理画面の両方で確認したか。
- 属性による評価の偏りを、定期的に人の目で点検する担当と頻度を決めたか。
- AI面接や録画選考を受けにくい応募者のために、代替の選考手段を用意したか。
- EU域内やNY市の職務での募集がある場合に、それぞれの追加要件を確認したか。
「書類選考でAIに落とされた」と言われたときの備え
応募者から「AIに落とされたのではないか」と問い合わせが来ることがあります。現行法上、選考基準そのものの開示義務は確認できませんでしたが、無回答は不信を招きます。備えとして有効なのは評価に使った項目と、人が確認した記録を残しておくことです。担当者が確認した事実が残っていれば、「AIだけで決めていません」と答えられます。
また、自動化では落とす基準より通す基準を先に決めるほうが、説明も運用も安定します。進め方は採用スクリーニングの自動化で解説しています。
まとめ:規制対応は、実は採用の質を上げる作業
日本では、AI採用は禁止されていません。守るべき線は、集めてはいけない情報を入れないこと、利用目的を予測できる形で書いておくこと、決定を人が引き取ることの3点に集約されます。
この3点は、法令対応であると同時に選考の精度を上げる作業でもあります。職務に関係ない情報を渡さないほうが評価はぶれませんし、利用目的を書くために選考フローを言語化する過程で無駄な設問が落ちていきます。
制度は動きます。2026年改正個人情報保護法の施行、EU AI法の2027年12月適用と、期日の入った予定が複数あります。年に一度は一次情報を見直す前提で運用を組んでおくと安心です。
貴社の採用フローのどこにAIを入れるべきか、入れないほうがよいかの判断でお困りでしたら、お気軽にお声がけください。判断材料の整理だけでもお役に立てることがあります。
よくある質問
採用にAIを使うのは日本では違法ですか?
執筆時点で、採用AIを直接禁止する法律は確認できませんでした。ただし職業安定法第5条の5と厚生労働省の指針が収集してよい情報の範囲を制限し、個人情報保護法が利用目的の特定と通知・公表を求めます。この枠内であれば運用できます。本記事は法的助言ではないため、個別の判断は専門家にご確認ください。
AI面接で表情や声を解析するのは問題になりますか?
日本の現行法上、ただちに禁止されるものではありません。ただし障害や疾患、母語の違いに起因する特徴が低評価に結び付く可能性があるため、AI面接を受けにくい応募者向けの代替手段を用意しておくのが穏当です。また2026年改正個人情報保護法では顔特徴データ等の周知義務化が予定されています。
AIで選考することについて、応募者の同意は必要ですか?
個人情報保護法は常に同意を求めているわけではなく、利用目的を特定して取得時に通知または公表していれば原則として利用できます。ただしリファレンスチェックのように本人以外から情報を集める場合は、指針が本人の同意の下での収集を求めています。応募時点でAI利用を明記しておくのが実務的です。
EU AI法は日本の中小企業にも関係しますか?
日本国内だけで採用しているなら直ちに適用されるものではありません。EU域内の求職者を選考する場合は検討対象になります。採用・選抜に用いるAIはAnnex III 4項で高リスクに分類され、高リスク義務の適用開始はAI Omnibusにより2027年12月2日に後ろ倒しされました。
AIに落とされたと応募者から言われたら、どう答えればよいですか?
選考基準そのものの開示義務は公式には確認できませんでした。備えとして、評価に使った項目と人が確認した記録を残しておくことが有効です。合否の最終決定を人が行う運用にしておけば、事実として説明できます。