Mihata
仕事効率化(DX)2026.09.23

AI SI表記変更は必要?契約書・社内規程・IRの実務

2026年9月22日(米東部時間)、トランプ米大統領が国連総会の一般討論演説で、AI を今後「Super Intelligence(SI)」と呼ぶと表明しました。翌日から実務の現場で出ている質問は、ほぼ1つに集約されます。「契約書や社内規程に書いてある『AI』という表記を、いますぐ変える必要があるのか」です。

結論:日本企業が今すぐ表記を変える必要はない

先に答えを書きます。日本の法令・契約書・社内規程・IR資料で使っている「AI」「人工知能」という表記を変更する義務は、2026年9月23日時点でありません。演説で示された対象は「米国政府の文書(all United States documents)」であり、民間企業・他国・学術用語に及ぶ強制力はないからです。

裏づけとして、Mihata 側で米国の連邦官報(Federal Register)の全文検索を確認しました。「super intelligence」を含む文書は、2026年9月23日時点で0件です。大統領令・規則・告示といった、法的な形をとった文書はまだ1本も出ていないという意味になります。連邦官報の検索結果は誰でも同じ手順で確認できるので、社内で聞かれたらこのURLを渡すのが早いです。

つまり現時点でやるべきことは「表記の一斉変更」ではなく、「変えなくていい理由を社内で説明できる状態にしておくこと」「米政府案件・英文契約で SI という語が出てきたときの読み替えを知っておくこと」の2つです。

発表そのものの中身(何が起き、何が決まっていないか)は AIが「SI」に改称された国連演説の要点と日本への影響 にまとめました。この記事では「自社の文書をどうするか」だけに絞ります。なお以下はあくまで一般論としての整理で、個別の契約・開示の判断は顧問弁護士や監査法人に確認してください。

表記を変えなくていい理由は3つある

1. 対象が「米国政府の文書」に限定されている

ホワイトハウスの公式リリースは、演説の該当箇所をこう記載しています。

The United States totally rejects any attempt to construct a globalist scheme of control for the Artificial Intelligence being spoken of so much now — hereinafter officially called “Super Intelligence.”

「hereinafter officially called」は、その文書以降での呼び方を宣言する言い回しです。米国政府が自分の文書の中でどう呼ぶかの話であり、日本の会社が結んだ契約書の文言に効力が及ぶ性質のものではありません。演説でも「hopefully the world's(世界の文書もそうなってほしい)」という希望の形で語られており、他国への強制ではないことが読み取れます。

2. 日本の法令はそもそも「AI」という語を定義語にしていない

ここが実務的には一番効く理由です。2025年に成立した通称 AI法(AI推進法・人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律・令和七年法律第五十三号)の第二条は、定義語を「人工知能関連技術」と置いています。「AI」でも「SI」でもありません。

日本の法令は英略語ではなく漢字の用語で定義を組む慣行があるため、米国側の呼称が変わっても、日本の法令用語との対応関係は崩れません。日本の規制の全体像は 日本のAI規制で中小企業が守るべきこと、行政側のガイドラインの現在地は 政府の生成AIガイドライン改定2026の要点 で確認できます。どちらも改称を織り込んだ改訂は、執筆時点で公表されていません。

3. 米国内でも「法律上の定義」は artificial intelligence のまま

意外と知られていませんが、米国でも大統領の一存で定義語は変わりません。大統領令 EO 14179(2025年1月23日)の第3条は、“artificial intelligence” の意味を 15 U.S.C. § 9401(3) の定義に従うと明記しています。この定義は2021年成立の法律(Pub. L. 116-283 div. E)に書かれたもので、書き換えるには議会の立法が必要です。

実務上の意味はこうです。米国の連邦法・連邦規則・調達規則(FAR)に埋め込まれた “artificial intelligence” の定義は、演説では動かない。だから米国向けの英文契約でも、定義条項が法令を引いている限り、いま急いで書き換える理由はありません。

文書の種類別チェック表|変える必要とやること

「どの文書が対象で、どの文書は放っておいていいのか」を1枚にしました。現場で回覧する前提で、判断と作業をセットで書いています。

文書の種類

表記を変える必要

やるなら何をするか

和文の契約書・覚書

不要

用語定義条項で「AI」を定義しているか確認だけする。定義があれば呼称変更の影響は受けない

英文契約(米国企業が相手)

原則不要

相手のドラフトに “super intelligence” が出たら、定義条項で “AI” と同義である旨を1行足して閉じる

社内のAI利用規程・ガイドライン

不要

次回の定期改定のタイミングで「AI(人工知能。Super Intelligence/SI と呼ばれる場合を含む)」と1回だけ括弧書きする

IR資料・決算説明資料・有価証券報告書

不要

投資家向けの用語は継続性が優先。途中で呼称を変えると前年比較が読みにくくなるため、変えないほうが親切

採用要項・求人票

不要

むしろ「AI」のままが有利。求職者の検索語は当面「AI」が主流で、「SI」は SIer と衝突する

プレスリリース・オウンドメディア

不要

SI を使うなら初出で「Super Intelligence(SI)」と正式名を書き、AI との関係を1文で補う

製品名・サービス名・商標

不要(変更は非推奨)

改名は商標・ドメイン・既存顧客への周知コストが大きい。政治的な呼称に製品名を連動させない

米国政府・米政府調達向けの提出文書

今後変わる可能性あり(未確定)

発注元が出す仕様書・RFP の用語に合わせる。自分から先に変えない

表の右端が「今後変わる可能性あり」になっているのは最後の1行だけです。米政府調達の文書で用語がどう扱われるかは、執筆時点で公表されていません。米国の規制環境そのものは州ごとに差があるので、あわせて AI規制アメリカ州法の全体像 も参考になります。

実務の落とし穴4つ

落とし穴1:用語定義条項を見ずに本文だけ直そうとする

現場で最初に確認すべきは本文ではなく用語定義条項です。契約書に「本契約において『AI』とは、機械学習その他の技術を用いて…をいう」といった定義が置かれていれば、その契約の中での「AI」の意味は定義文で決まります。外の世界で呼称が変わっても、契約の解釈は動きません。

逆に危ないのは、定義を置かずに「AIツールの利用を禁止する」等と本文だけで書いている文書です。こちらは呼称というより範囲の曖昧さが元から問題なので、改称を機に定義を足しておくと後々効きます。社内ルールの組み立て方は 生成AIの社内ルールの作り方とテンプレート にまとめています。

落とし穴2:一括置換で関係ないところまで壊す

実務で一番多い事故がこれです。仮に社内文書を「AI → SI」で一括置換すると、「AIモデル」「AI-OCR」「生成AI」といった既に定着した複合語まで書き換わります。さらに Word のヘッダー・図表内テキスト・PDF化済みの旧版には置換が届かないため、版によって用語が違う文書群が生まれます。監査や係争の場面で一番説明しづらい状態です。

落とし穴3:日本語の「SI」が別の意味を持っている

日本のビジネス文書で「SI」と書くと、多くの読み手はまずシステムインテグレーション(SIer)を思い浮かべます。加えて技術文書なら国際単位系(SI単位)です。社内規程に「SI の利用時は…」と書いた瞬間に、情報システム部門では意味が反転して読まれかねません。衝突の整理は 「SI」がSIer・SI単位と紛らわしい理由と用語の整理 で詳しく扱っています。

落とし穴4:規程改定のコストを小さく見積もる

社内規程を1本直すと、実務では改定履歴の記載・決裁・周知・研修資料の差し替え・eラーニングの設問修正まで連鎖します。呼称だけのために動かすには重い作業です。次の定期改定に合わせるのが、現場で最も現実的な判断になります。

「うちの規程は改称に耐えられる書き方になっているか」「そもそも定義が曖昧なまま運用していないか」は、外から一度見たほうが早い部分でもあります。Mihata では月1回のミーティング形式で、社内のAI利用ルールづくりから運用の定着までを一緒に進めるお手伝いもしています。記事の途中で恐縮ですが、こういう見直しの相談先としてお役に立てるかもしれません。

英文契約や米政府案件で「super intelligence」が出てきたときの読み替え

今後、米国側から届くドラフトや仕様書に “Super Intelligence” / “SI” が混ざってくる可能性はあります。そのときの実務対応は、一般論として次の順番で考えると整理しやすいです。

  1. 定義条項を先に読む。“SI” が定義されていれば、その定義文がすべてです。呼称の由来は関係ありません。
  2. 定義がなければ足す。“Super Intelligence” (“SI”) shall have the same meaning as “artificial intelligence” as defined in 15 U.S.C. § 9401(3) のように、法令の定義に紐づけるのが揉めにくい形です。
  3. 研究上の superintelligence と混同しない。学術の文脈で superintelligence は、Nick Bostrom の 2014年の著書以来「ほぼ全領域で人間の知能を大きく上回る仮説上の存在」を指してきました。現行の生成AIは含まれません。契約文に無定義で置くと、対象範囲が意図せず狭く(または広く)読まれる危険があります。
  4. 自分から先に変えない。米政府調達で用語がどう扱われるかは未確定です。発注元の文書に従うのが安全側です。

3つ目は見落とされがちですが、重要です。呼称の変更は「AI=SI」という置き換えを意味していても、英語圏の既存用語としての superintelligence は別の概念を指してきました。契約の文言としては、必ず定義を添えて使うのが実務の鉄則です。

いま備えるなら|30分で終わる3つの準備

表記の一斉変更は不要ですが、「何も考えていない」と「考えたうえで変えない」は別物です。30分あれば次の3つは終わります。

  • 社内で1通、見解を配る。「米政府文書だけが対象。自社の契約・規程・IRの表記は変更しない。米政府案件と英文契約だけ個別に見る」の3行で足ります。問い合わせの往復が止まります。
  • 用語集に1行足す。「AI(人工知能)= Super Intelligence/SI/スーパーインテリジェンス/超知能と呼ばれることがある」。表記ゆれを拾う準備になり、社内検索でも引っかかるようになります。
  • 契約テンプレの定義条項だけ点検する。「AI」を無定義で使っている雛形があれば、次回改訂で定義を入れる候補として印をつけておきます。

逆に、いまやらなくていいことも明確にしておきます。既存契約の巻き直し、規程の緊急改定、製品名の変更、IR資料の遡及修正。いずれも現時点では根拠がなく、かけたコストが戻りません。

まとめ

米国政府が自分の文書の中で AI を「Super Intelligence(SI)」と呼ぶと表明した、というのが起きたことのすべてです。日本の法令は「人工知能関連技術」という別の定義語を使い、米国の法律上の定義も 15 U.S.C. § 9401(3) のまま残っています。連邦官報に該当文書は0件(2026年9月23日時点)。

やることは「変えないと決めて、その理由を社内で共有する」こと。そのうえで、米政府案件と英文契約でだけ、定義条項を1行足して閉じる。ここまでで十分です。

社内のAI利用ルールや規程の見直し、そもそも何をどこまで決めておくべきかで迷われている場合は、Mihata でもご相談をお受けしています。押し売りはいたしませんので、気になる点だけでもお気軽にお知らせいただけたら嬉しいです。

よくある質問

日本企業は契約書の「AI」という表記を「SI」に変更する必要がありますか?

2026年9月23日時点で必要ありません。表明された対象は米国政府の文書であり、日本の民間企業の契約書に及ぶ強制力はありません。連邦官報にも該当する規則等は0件です。

社内のAI利用規程はいつ直せばよいですか?

緊急の改定は不要です。次回の定期改定のタイミングで、定義部分に「AI(人工知能。Super Intelligence/SIと呼ばれる場合を含む)」と1回括弧書きしておけば十分です。

IR資料や決算説明資料の表記は変えたほうがよいですか?

変えないほうが読み手に親切です。投資家向けの用語は継続性が重視され、途中で呼称を変えると前年との比較が読みにくくなります。

英文契約に super intelligence と書かれていたらどうしますか?

まず定義条項を読み、定義があればその定義文に従います。定義がなければ、artificial intelligence(15 U.S.C. §9401(3)の定義)と同義である旨の1文を足して範囲を確定させるのが一般的な対応です。

日本で「SI」と書くと紛らわしくありませんか?

紛らわしいです。日本ではシステムインテグレーション(SIer)や国際単位系(SI単位)の意味が定着しているため、社内文書で使うときは初出で「Super Intelligence(SI)」と正式名を併記することをおすすめします。

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